問いを立てる

 本のタイトルにありそうなテーマですが、この「問いを立てる」というのが個人的にものすごく大切だと思っていますので、ここで意識的に取り上げてみたいと思います。きっと、所属する業界とか老若男女とかを問わず、取り入れることで成長が早まるはずです。問いを立てるを自分なりの言葉で説明すると、以下のようになります。

「問いを立て続けて生きていけば、ほとんどの場合で、その答えに巡り合うことができる」
「その答えが自分の方向性を明確にしてくれる」

 抽象的なので、これだけでは深くは入ってこないと思います。そこで、具体的に私自身が、どのような問いをこれまでに立ててきたのか、結果どのような答えに出会ってきたのか、そして最近はどんな問いを立てているのかということをお話します。具体例があることで上の言葉がより鮮明に理解できると思います。

なぜ問いを持つことが大切なのか?

 それは、問いを持っている人にしか、答えは答えとして見えないからです。ある人が疑問に思うことの答えというのは、その多くが日常の中に溶け込んでいたりします。「ウォーリーを探せ」を思い出してみて下さい。

 意識的に探そうとしなければ、これほど小さなウォーリーを見つけられるはずがありません。探そうとしていない人にとってはウォーリーは風景の一部に過ぎないのです。ウォーリーを探そうとするターゲット意識(彼はどこにいるのか?という問い)があって初めてウォーリー(答え)を見つけ出すことができるという可能性が生まれます。つまり、問いは何かを発見するための大前提になっています。その発見は人の進化です。
 大切なことは、疑問を持って、その答えをどれだけ知りたいと思えているかです。本質的な問いであったり、まだ一般的な正解が見つかっていない問いであるほど、その答えを見つけるのに時間も必要ですから、すぐに知りたい気持ちを忘れてしまうようであれば、もちろん答えに出会うこともありません。その意味で言うと、問いを持つ人はしつこい人であるべきです。多くの人がまぁこれ以上はいいかというところで決して諦めない執着心が大切になってきます。

アンテナを張りながら情報を集める

 問いを持つ人にとって必要なのは、理由らしきものをまずは沢山集めて、比較しながら本当の理由は何なのかを考え続けること。ただし、納得できる答えにすぐに出会えるとは思わないほうがよいです。多くの時間をかけてヒント(周辺の情報)を集めていくことです。その時に、過去の経験や知識も役に立ちます。特に物事の原理原則を知っていることで正答に至る確率も速度も上がるはずです。毎日「どうしてだ?」と考えていると、やがて何かをインプットしたタイミングや別の何かを考えている最中に突然、納得できる答えに巡り合う。私の場合は、過去にこうした経験をしてきて、その度に自分の生きる方針が固まっていきました。

答えが分かると人生が変わることが多い

 答えに沿って生きることで差別化を図ることができます。特にその答えが、他の人が明確に意識していない答えであれば、なおさらのことです。自分の生き方や行動に自信を持つことができます。自分の行動の理由を説明することができます。自分は何をしなければいけないのか、どこに集中すべきなのかが分かってきます。つまり、答えを知るということは人生をよりよくする秘訣となるのです。

ここから下では、実際に私が過去に考えた問いとその答えの一例をお話していきます。

インターネットがもたらした本質とは?

これは私が20代の後半ぐらいに立てた問いです。この問いを持ち続けて得られた私なりの答えは以下の通りです。皆さんも各自で考えてみて下さい。

発信するのが合理的な時代

 インターネットがもたらした価値として、中抜き(仲介不要)だったり、D2Cだったり、コスト削減だったりと色々な観点から捉えることができると思います。なので、ここで大切なことは、その答えというのは唯一無二ではないということです。人の数だけその答えがあってよいし、人にとっては答えの優先順位も変わりうるものだということです。排他的に私の答えだけが正しいとは思っていないし、実際にそういうわけではありません。その人ごとに問いに対する違った答えがあるはずです。
 ただ、そうは言っても普遍的なポイントセンターピンはあると思っています。枝葉末節を除いて最も重要な答えを見抜くことができれば、行動し続けるための圧倒的な動機になります。
 私の答えにある通り、現代は何かを発信するのが合理的な時代です。文章や映像、画像、音声など。これがインターネットがもたらした本質と私は考えています。逆に言えば、昔は情報発信など合理的ではなかったということです。たとえば1980年代つまりインターネットが存在する前の時代に私がこのような記事を書く意味はどれだけあったでしょうか?おそらく、ほとんどなかったと思います。
 もちろん品質の高い文章を書けばそれが本になることはあったでしょうし、自分の考えの整理にもつながります。しかし、それ以上の意味はありませんでした。私がインターネットのない時代に生きていたとすれば、私は情報発信をしていないと思います。必ずしも合理的とは思えないからです。それをするよりも、もっとその時代に合った、より合理的な活動を探すと思います。たとえば、当時であれば輸入商社でも作った方がもっと合理的だったのではないかと想像します。  
 つまり、合理性とは、時代・時代によって変わるということです。何をやるべきか、どうあるべきか、はその時々で変化していくものです。それに最適化し続けることが、より豊かに生活していく鍵になります。

 現代の情報発信はどうでしょうか?私がこのように自分の考えを書く(情報発信する)ことで以下のようなメリットがあります。

  1. 自分の思考の整理ができる。
  2. 良い内容を書けた場合は多くの人に読んでもらえる。
  3. 多くの人に読んでもらえた結果、時に経済的な効果も生まれる。

 上記の「1」は前時代と同じですね。純粋に文章を書くことでの思考整理の効果は常にあります。私はこれまでの本や動画の中で、何か行動を起こすのであれば一石二鳥では足りず、一石三鳥、四鳥を目指すべきであるとお伝えしてきました。ここでも全く同様に考えます。1つのことをやるのに1つのメリットだけでは当たり前すぎるのです。誰もが何かを行動に移すのは何らかの結果を求めてのことでしょう。ただ、1の行動で1の結果(メリット)という単純な関係では発展性に乏しいわけです。
 より大きなパフォーマンスを叩き出すためには、1の投入で3つも4つも5つも結果を得ることが大切です。たとえば1石5鳥ならそれは理想的です。したがって、私がもし「1」のメリットだけしかほぼ享受できない前時代を生きていたならば情報発信はしていなかった、ということです。より合理的な選択肢をその時代の中から探しているはずだからです。
 そこで、「1」は全く決め手にならず、「2」と「3」が重要な意味を帯びてきます。2と3が生まれた現代だからこそ、情報発信が合理的になりました。
 まず、内容が良い文章はシェアされるという特性がインターネットによって初めて生まれたのです。その結果、良い文章を書けるならば、情報発信をする合理性が極端に向上しました。以前なら良い文章を書けても、それが多くの人に読んでもらえるかは資本差経歴にも大きく依存していたのです。たとえば、お金がある人ならば、自費出版で伝えられるけどとか、広告を出せるねとか、マスメディアを使えるよ、といった具合に、考えを広めるにも資本差が影響したのです。また、出版や取材の声がかかるにしても偶発性をコントロールできなかったでしょうし、それまでの経歴や学歴にも大きく依存したはずです。つまり敷居が高かった。開かれてはいなかったのです。
 以上より、かつての時代に文章を書くことは非効率でした。そうした非効率な博打には努力を注ぐことができません。
 けれど、現代ならば、面白いことを書けばインターネットの特性が自分の書いた文章を広げてくれる可能性があります。この特性というのはインターネットの本能のようなものです。なぜかというと、面白いものを書いた人だけでなく紹介した人にも、面白い情報を集めてきてくれる人(キュレーター)という一定の評価が得られることでオリジナルだけでなく拡散する人にもメリットがあるからです。その結果、面白いものはシェアされるという摂理になります。ちなみに、どれだけシェアされるか、そもそもシェアされるのかは事前には常に不確実で不透明な部分もありますが、必ずしも大多数の人に読まれる必要もないのです。なぜならば、現代の情報発信にはコストがほとんどかからないからです。マスメディアのように固定費を抱える場合にはそうはいきません。
 ちなみに、私は現在個人で活動しています。組織を作る資本は持っていますが、なぜいつまでたってもそれを作らないのでしょうか。それは挑戦を恐れているからではありません。その答えも、実は合理性にあります。
 ここで言う合理性とはリスクとリターンを加味した合理性です。情報発信をするのが合理的であるのと同様に、組織を作らないのは、不要なリスクを排除できるからです。大きく勝つ迄やり続けられるという意味において、続けられなくなるリスクを最初に排除するのは実に合理的なのです。純利益が赤字にならない(純損失を計上しない)前提を作ることで、負けないという環境を最初に確保しておく。大きく勝つことは時間とアイディアでいずれ解決すればよい。するとノンリスクハイリターンが完成します。これもインターネットがもたらした本質な価値の派生形です。
 最後の「3」の経済的効果は、多くの人に読まれた結果、たとえば、物や情報・サービスが売れたり、全く別次元のチャンスが舞い込んできたり、人々の考えに影響を与えたりできることを指しています。この話は今さら言うまでもないかと思いますので詳細は割愛します。
 以上より、インターネットの本質は、情報発信をするのが非常に合理的な時代を作ったことだと考えています。

NFTはなぜ高騰しているのか?

 ここから先では「私が最近抱いていた問い」です。これに対する私なりの答えに出会った気がするので、昨日のメンバーシップではこれを解説しています。

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