挫折しか成功を生まない

 本日の記事は、失敗をテーマにします。上手くいかないこと(失敗)を多数回、経験することでしか成功はできない、という話です。ですから、私の場合は、失敗を否定的なものとして捉えていません。むしろ重要な機能と役割があると思っていますので、これから私の考え方をお伝えします。

エジソンの有名過ぎるこれ

I have not failed. I’ve just found 10,000 ways that won’t work.

「私は失敗していません。一万通りのうまくいかない方法を発見したのです」

電球を発明した際のインタビューで述べられた言葉だそうです。数々のビジネス書で引用されていますから、聞いたことがある人が多いでしょう。

皆さんは、この言葉をどう感じますか?

否定的に見れば、

  • ただの屁理屈
  • 結局は成功したから言える言葉

肯定的に見れば、

  • 解釈次第で悪いことも肯定的に捉えることができる
  • 一つ一つの失敗は成功に至るプロセスだと分かる

感じ方は色々かもしれませんね。ここから私の解釈をお伝えさせていただきます。

失敗には以下の効用があります。

  1. 選別する効果
  2. 次の道を示す効果
  3. 動機を高める効果
  4. 求められる品質の基準を教えてくれる効果

です。

まず、1の「選別する効果」から説明します。これは言い換えると、選択肢を削ぎ落す効果と言えます。失敗することで、自分の向き・不向き、強み、弱み、関心・無関心、適合・不適合が露呈するようになるのです。たとえば、私の場合、10代で多くのアルバイトに挑戦してみました。学校を辞めていたのでそうするのが自然なことでしたが、その時に「雇用されること」と「自分の性質」との相性があまりにもよくないことに気が付きました。アルバイトを始めてみる前は、そんなことは知る由もありませんでした。それ以来、雇われて生きていくこと自体が私にとっては不可能であると確信に変わり、以後、サラリーを受けて生活したことはありません。私がいくつものアルバイトを試したということは、そのどれもが続かなかったことを意味します。アルバイトに多数回も連続して失敗。これによって、「雇用される」という選択肢が自分の人生の中から消え去りました。他方、10代は非行少年のグループにも顔を出していましたが、この世界とも自分は相性がよくないと気が付きました。非行も失敗です。そのため、非行の道は自分の人生の選択肢から消去されました。また、経営者をしていた時は融資を受けていましたが、負債の「無意味さ」を知って負債というコンセプトは人生から排除しました。このように、失敗には人生の選択肢を確定的に消し去るという機能があります。

 次に、2の「次の道を示す効果」について説明します。高校を辞めたその先に何があったのか?というと、上記した通り、アルバイトと非行少年だったわけですが、そのどちらも自分には向いていないことが分かったので、両方の世界から逃れるために、大学に行く(普通の道に戻ること)にしました。これが「次の道を示す効果」です。また、たとえば、私はシンガポールに2014年に移住した際、シンガポールは既に完成に近く、私のできることはない、と感じました。シンガポールという選択肢を削除し、砂漠の中に摩天楼を作ろうとしているドバイという次の道を教えてもらえたのです。また、個人になったということは、マンパワーと組織力が使えませんから、インターネットや投資などレバレッジの効くものを最大限活用するしか道がなかった。投資とネットに絡んでいくことは私にとっての必然です。

 次に、3の「動機を高める効果」についてです。動機と言えば、先日のこちらの記事でこのワードを出していますね。リンクさせて考えるとよく分かると思います。

 さて、上の私の例で、「雇用される」「非行」の世界は自分には不向きであることを察知して大学に行くことを決めた私は、周りもそうしているから大学に行こうとする人より、その動機は強烈であったはずです。なぜなら、アルバイトと非行少年の世界は地獄、唯一そこから救済される道が当時の自分には大学に行くこと以外に考えられなかったからです。やったこと(表面)はみんなと同じですが、選択肢が唯一であったことから、その背後にある動機は異質で強烈だったと思います。

 このように、失敗すればするほど、選択を削ぎ落すことが可能になり、自ずと次の道まで示してくれる効果が失敗にはあります。おまけに、次の道を行くその動機は、かつてとは比にならないほども強くなるのです。私の人生は全て失敗の理屈で説明できます。

 会社を上場させたい → 自分には向いていない・自分にはできない → 中小企業がよい

 中小企業オーナーになった → 組織がどうも苦手・人に気を使い、疲れる → 個人が最適

 日本での生活 → 日本だと遊びや誘惑が多く自分は流されて怠惰になる → 海外の方が自分はぶれない

この3つの例から、海外で個人、という道が出てきたわけですが、これを選んでいるのには、その背後にこれまでの失敗があったから、という裏付けがあります。結論だけ誰かの真似をしているわけではなくて、私自身の失敗そして結論という必然性があります。

自分の人生に自信を持つためには失敗が必要不可欠である。

 もしも、私が、海外で個人でやっていくことに自信を持てないでいた場合、大企業でバリバリ働くビジネスエリートを見たり、起業して上場した日本の起業家たちを見て、憧れを持つかもしれません。しかし、既に失敗が教えてくれた通り、海外で一人やっていくことは私にとっての必然です。違う選択は私には選びえないから、自分の道で頑張るしかありませんし、逆に、その自分の道に自信があります。

失敗が一つずつ迷いを消し去り、自分の道を必然として炙り出す。

 孫子が兵法の中で「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と言ったように、軍略の根本にして半分は己を知ることとしているのは、それだけ自分を知るのは難しいことだからです。人は自分のことが一番よくわかっていないのです。

適性は人によって異なる

 人と同じ道を歩くことが問題なわけではなくて、その道が自分に合っているかどうかがより大きな問題です。たまたま人と同じ道を行くこともあれば、たまたま人とは違った道になることもある。どちらでもよいが、少なくとも、自分にとってはそれが必然であり、唯一と言える方が強いに決まっています。究極の選択には逃げ道がないものです。流行っているからやるだとか、かっこいいからやるだとかは、ちょっと違う。きっとその選択は弱いです。かっこいいからとか、流行っているからとかではなくて、「自分にとってこれしかない」が正しいです。

諦めは、時に大切

 自分はその道を行けると思っていた。けれど、やってみたら「自分には行き切れない」ことがある。私がそうであったように、そんな時に自分の「本当の道」が見えてきます。他の誰かが勝っているところに必ずしも行く必要はない。自分が不利な場所で勝負するのは愚かです。自分のゲームを作るのが勝てる人生です。

 最後に、4の「求められる品質の基準を教えてくれる効果」について説明します。

 たとえば、投資をし始めたが、なかなか利益を出せないでいる、とします。その時に、自分のレベルの低さになるべく早く失望できるかどうかです。そのままでは通用しないことを察知すれば、自分を磨くことでしか救済されないことが分かるからです。この失望や絶望がない限り、楽観的な錯覚は続きます。それは悲劇です。時間を無駄にするからです。自分の今の品質では通用しないと知るのは不都合な真実ですが、それが早いほど大きな成長なのです。

 「商品を作ってみたけど、1つも売れない」「ブログを書いてみたけど、誰も読んでくれない」こうした絶望を人生の早いうちに何度も体感し、いかに自分のレベルが低いか、今の自分では全く通用しないか、を痛感することが始まりです。人間は、自身を過大評価してしまう傾向があります。評価するのは自由なのですが、そのままでいては客観的に通じません。

エジソンの言葉を私が書き換えると、以下のようになりました。

数々の失敗が選択肢を削ぎ落し、自分の道を教えてくれる。

何度も何度も自分の品質の低さを見せつけられる。だから、品質を上げる以外にはもう進む道はない。

以上が私の失敗に対する解釈です。お読みいただき、ありがとうございました。

与沢翼

本記事の内容を動画でも解説しました。記憶を定着させるのにご活用下さい。